世の中で引っ越しを機会にモノを整理する・捨てる作業を行う人は多いと思いますが、多くの人にとっては捨てるという作業は快感だけでなく、苦痛が伴うものです。なぜ?
私の解釈では、「自分の過去への否定」という心理的プロセスが伴うことがその一因かと考えます。
・あなたは過去とどのように向き合っていますか?
・過去を否定することが多いですか、肯定することが多いですか?
・過去にしがみつくことは多いですか? そんなことはあまりありませんか?
・失敗したときにそれをすんなり受け入れることができますか?
・失敗したときの心の傷みをどのように処理しますか?
これらの質問への答え方で捨てることへの得手不得手が決まってくるように思いますが、いかがでしょうか?
人間は過去からきっちり逃れることは基本的に不可能です。
先日引越しをしましたが、妻は子供の幼稚園までの思い出の品を捨てようとしませんでした。「これは捨てない。小学校から上は本人のものだけど、幼稚園までは私のもの。私以外の誰のものでもない。」と言い、箱詰めになった思い出の品は新居の押入れ上の天袋に収納されました。私はこの発言をとても正しいと思います。だって子供本人が覚えていないんだもの。父親(=私)は一日に数十分程度しか接していないけれど、母親は子供にフルコミットしていますから、幼稚園までの品々は彼女の勲章なのです。
モノが捨てにくいのは、自分の過去の記憶、過去の日々の思いがモノに乗っかってしまっているからなのです。モノを捨てるたびに過去から引き裂かれるような感覚を持つもの。
「捨てる」・・
そのことひとつを取ってみても生き方そのものと関わってきて、深いもの。
ハリウッドの映画を見るとやさぐれた刑事がそれでも立派な庭付きでベッドルームが4つもあるような家に住んでいたりします。サブプライムローンの問題が報道されていますが、サブプライムとは借金支払に(金融機関から見て)不安のある人のことです。そんな人でもえらく立派な家に住んでいたりします。
日本の家屋はやはり狭い。特に首都圏。そんな場合には、このように考えることをお勧めします。まず家の中を見回して畳何畳かをカウントします。月の家賃をこれで割ってやるのですね。例えば月間家賃が8万円。8畳間と残りも同じような面積だとすると全体で16畳。もし、そうなら畳一枚の空間に毎月5000円をあなたは支払っていることになります。ゴルフバッグを置くだけで、半畳くらいのスペースが死にますね。月に2500円が死ぬことになります。もちろん、畳あたりでなく平米(㎡)あたりでカウントしても良いです。
このように考えると物を捨てることで、実は儲かるということがわかります。
2010年2月9日10:19 AM|
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今、内科医小児科医が成立しにくくなっています。検査技術が発展し、「赤ひげ」のような「まごころと経験と直感」だけでは病気を発見できず、すぐに大病院に紹介状を書かなければならなくなってしまう。紹介状を書かなければ病気の発見が遅れ、すぐに医療過誤の訴訟を起こされてしまう。とってもハイリスクのビジネスになってしまったのです。
私は人間ドック併設の「六本木の町医者」にかかっています。その先生は、何年もの人間ドック結果の豊富なデータを元に診断できます。
このクリニックは、スタッフの接遇レベルの向上を図っておけば六本木の地の利から良質の患者(クランケと言うよりもクライアントですね)集団を形成できるわけです。クライアントとしても検査データが集積しているものだからほかのクリニックに逃げて行きにくいのです。今のドクターは「カスタマーロイヤリティ」まで考えて経営しているのですね。
私はとある大手大学病院で定期的に胃の内視鏡検査を受けていました。
今回の胃バリウム検査で「要精密検査」と言われました。「あ、そうですか。ではいつもの大学病院に行ってきますわ。」と言いかけたところ、「うちのクリニックで胃カメラ呑んでくださいよ。」と「営業」されてしまいました。
今や、医師も営業する時代なんですね。
そう言えば、その「とある大手大学病院」でも、「それでは、吉田さんはレントゲンを撮られたらいかがでしょうか?」と「尋ねられて」面食らったことがあります。
昔なら、「吉田さん次はレントゲン」と自動的に、そして言葉少なに、質問・反論の余地もなく回されたものですが・・
それこそ、「それでは、ポテトをお付けしましょうか?」というようなトーンだったのですよ。「なな!何と!接客マニュアル通りか?!」と思っちゃいました。「わかりました。」と返事したところ、「そうですか。ありがとうございます。それでは、レントゲン撮影のリスクの説明をしますね。」と言われて二度ビックリ。
証券会社の口座開設の重要事項説明を受けているような気になりました。確かに証券投資と同様に医療行為というのは患者側にも医療機関側にもリスクがありますので、事前に開示して同意を得ることが重要です。
この「インフォームドコンセント」は医学界でも十年以上も前から叫ばれていましたが、「白い巨塔」的な医師のプライド、そして一人一人の患者に時間をかけられないという経済原則(もちろん、できる限り多くの患者を診たいという医師の美しい意識がある)を崩すことができずに形骸化していました。
医師も営業し、重要事項の事前同意を求める時代・・・ とても理屈に適っているし、親切でもある。
ただ、患者の利便とクォリティオブライフを優先しているのか、訴訟リスクを回避するためだけの自己組織防衛を優先しているのか。その根底の「心」が問われていくのです。
2010年1月28日10:28 AM|
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GDPを考えていくと、あるところで不思議なことが生じてくる。
1)疫病が発生して、病院に行く人が増えたり、薬を買うことが増えたりするとGDPが増える。
2)炊事・洗濯・掃除といった、いわゆる「主婦の仕事(?)」を外注(外食、クリーニング、お掃除サービス)するとその分GDPが増える。
3)賃貸住宅に住んでいると家賃は家計支出(大家さんにとっては売上げ)だが、自宅を買って住むとGDPが減る。
なぜ不思議なのかというと、一国の経済が発展するというのは経済が豊かになって国民の幸せにつながるという前提なのだが、1)のように明らかに不幸せな状況になって経済が成長する(GDPが増える)ことが起きてしまう。
また、自家生産・自家消費、例えば、主婦の労働、農家が自分の作物を食べる、自分の家に住むというはGDP計算にカウントされない。これを補正するために「帰属計算」が行われる。自家生産を家計収入に加え、自家消費を家計支出に加える。これは、国際連合の国民経済計算(SNA:System of National Account)で認められた統一基準による計算である。
2)の主婦の仕事については主婦の月給を計算することが様々に試みられてきた。しかし、2000年に日本が導入した93年版のSNAには導入されていない。
3)については、SNAにおいて設定されており、「帰属計算」が行われる。持ち家の人は、オーナー兼賃借人となり、家計支出として帰属家賃が家計支出にカウントされ、お給料に加えて帰属家賃が収入にカウントされる。この金額は53兆円とGDPの10%を上回り、馬鹿にならない金額となってしまった。もちろん先進国では最大の比率である。国土が小さくて住宅が高価、そのくせ持ち家志向が強いこと、そして、経済成長をアピールしたい政府の思惑がからんだ結果である。
帰属計算には他に農家の農産物の自家消費分がカウントされているが、これは農業人口の減少により、非常に少ない金額にとどまっている。2007年で312万人。ひとりあたり年間50万円の自家消費をしているとして1.5兆円程度。帰属計算といえば、持ち家の家賃を指すと思って良い。
毎年、GDPが2%増とかで騒いでいるくせに10%は仮想的な数字であるというのが、ちょっと「!」と感じなくもない。
また、女性が社会進出するだけで自動的にGDPが増えていくというのも、どうかと思うのですが・・・
2010年1月19日10:31 AM|
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先日出会った人がおもしろいことを言っていた。その人は桑田佳祐の依頼で、恋愛のさまざまなストーリーパターンを50とか100とか提供したとのこと。それらのストーリーにインスパイアされた桑田が曲作りをするというコラボだった。
それをきっかけに彼は、「ストーリーメイクコンサルタント」と言うべき活動をしている。「吉田さん。今の日本に欠けているのはストーリーですよ。」と語る。
ソニーのIR担当者が、海外の投資家巡りをした。「で、ソニーは今後どうなるのですか?」との問いに対し、IR担当者は、売上げ数字と利益見込みのグラフを示すことしかできなかった。ストーリーを示せなかったのだ。
盛田昭夫の天才的マーケティング力、それはストーリー作成力と言っても良く、ウォークマンなどのヒット商品を連発してきた。そんなソニーすら、「ストーリー不在」に苦しんでいる。
日本人はストーリーに影響されてきた。古くは「尊皇攘夷」。これがあっという間に「文明開化」「殖産興業」に転換する。さらに、「鬼畜米英」「欲しがりません、勝つまでは」などを経て、「一億総ざんげ」に至る。
その後は「所得倍増」を目指した。とにかく真面目に働いて、ドンドン開発される電化製品を買って豊かな生活をする、そんな目標に反論する人はほとんどいなかった。「三種の神器(白黒テレビ、洗濯機、掃除機)」「3C(カラーTV、カー、クーラー)」を持てれば幸せになれた。幸せになると思えた。
そして、「新三種の神器(デジタルカメラ、DVDプレーヤー、薄型TV)」もほとんどの人が手に入れた現在。日本人の多くは共通の目標を失ってしまった。目標を自分自身で探し求めても良い。それは、ある人たちにとっては「選択肢が広がって幸せ」と言えるが、その以外の人にとっては「苦しみ」となる。電化製品はちょっとアルバイトすれば手に入るのに、目標を手に入れるには「自分探しの旅」に出なければならないのだ。
青年は昔からアイデンティティの危機を経て大人になっていく。これがうまくいかない状態を「モラトリアムの時代」とか「シンデレラコンプレックス」などと議論されてきた。いまや青年に限らず、子供を持つ世代も含め社会全体を覆っている。「目標を失う」という、豊かさゆえの苦しみ・・ 自殺者、引きこもり者、鬱病患者、親殺し・子殺しの激増。その根本原因のひとつはここにあると見る。
今後、20代30代の貧富の差が拡大していくことが予測される。そのことが社会の精神的不安定に拍車をかけることだろう。
これからの日本にふさわしいストーリーが求められている。国際競争にも適当に参加して果実を得、国内の弱者が健やかに生きていくことができるようなストーリーを。
2010年1月11日9:55 AM|
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「金持ち父さん貧乏父さん」の著者ロバート=キヨサキが講演した後、質問した人がいた。
「では、一般的な投資家はどのようにすれば良いのですか?」
ロバートは答えた。「まず、一般的であることを止めなさい」と。
私たちは凄い量のメディア情報を浴びて生きています。でも、その情報は正しいのでしょうか? メディアリテラシーという言葉があります。メディアの情報に対して、どのように「つきあう」のか。
・情報には「事実」と「意見」がある
・情報の提供者は意図を持っている
・情報の提供者は最大多数の「耳あたりの良い」情報を発信する
・コメンテーターは、訴訟リスクの少ない相手を攻撃する
ということですね。これって、当たり前の話です。
メディアの情報、「新聞に書かれたから」「本になっているから」「偉い先生が言っているから」、「その情報が正しい」ということは一切ないのですね。あと、「NASAが開発したから→良い」とも限らないのですね。
世の中に「一般ピープル」なるものが存在するとしたら、
A)「一般ピープル」はどのように、その情報を受け止めるだろうか?
B)「一般ピープルでない自分」は、どのようにその情報を受け止めればよいか?
という二つの質問を自分自身に投げかけてみてほしいのです。
A)を研究しないと、例えば株式投資はうまくいかないことでしょう。「株式投資は美人投票である」というケインズの明言があります。自分がその人を美人であると思うかどうかは無関係で、「多くの人が美人と思う」銘柄に投票しなければ儲かりません。
また、マスマーケティング(テレビCMを打って消費者に売るような販売)に携わっている人とか選挙参謀も、A)へのたゆまない研究が必要になります。
日本人は「変な人」「変わった人」とみなされると生き辛くなり、極端には絶望します。小学校から職場、老人ホームまで、「変な人」が排斥され、時にいじめの対象になります。多くの人は、「変な人と言われないように」多くのエネルギーを使います。
「顔黒」のような奇抜なファッションも、その少女が属しているコミュニティにおいては顔黒がスタンダードであって、そのコミュニティで「美白」を主張するといじめられてしまう、なんてことが起きたりしたのかもしれません。
ところが私はちょっと変わった父に育てられました。父は子供時代から言われのない差別を受けていじめられ、海外への憧れを強く持ちました。その気持ちが学徒動員で徴用され、武器弾薬もないのに拘束されて、ひたすら上官に殴られるという体験から日本社会への憎悪にまで発展し、子供の私に対しても、「日本人としての普通」になるな、という教育をしました。ですから、私には「変な人と言われることへの抵抗感」が育たず、自分のユニークさを守るように生きてきたのですね。
だから、今はむしろ(A)からの見方を勉強中です。
2010年1月3日10:13 AM|
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日本では戦後一貫して「持ち家奨励策」が取られました。住宅ローンの金利を低くするとか、ローン金利の一部を税額控除するとか。国民に家を買わせることで、木材工業、セメント業、塗料業、電気製品製造業などが潤い、GDPが向上し、持ち株政策は即ち景気対策でもありました。
日本人の金融資産が現預金に傾斜しており(約6割)、もっと株式を購入すべきと言う議論が金融ビッグバンの時に巻き起こりました。私もこれに乗っかってファイナンシャルプランナーの活動を行っていました。
しかし、考えてみると、日本人の資産の6割は不動産資産で、4割が金融資産です。現預金は4割の内の6割ということは、24%。総資産の24%の預貯金があってもかまわないような気がします。
団塊世代の85%近くが持ち家に住んでいるそうです。この世代は、よほどの変わり者か貧乏でない限り、家を買ったと言うことです。それが保有資産の多くを占める。
問題なのは、国民年金未納も含めて老齢年金制度が今後事実上破綻するとした場合、長い老後を過ごすためには資産の取り崩しを行わなければならないということです。残念ながら、自宅をキャッシュに換えることは容易ではありません。
ひとつのやりかたは、リバースモーゲージというものです。逆住宅ローン。自宅を担保に自治体から金を借りて生活費に充てる。死亡後、自宅は自治体のものになるという仕組み。これは不動産が現金に転換されたと言えます。しかも低金利なので良いかもしれません。
もうひとつのやり方は、賃貸に出すと言うことです。大きな家を貸して、老夫婦は少し田舎の賃貸住宅に住み替える。家賃収入と家賃支払いの差を老後資金の一部とするのです。このやり方も自宅を現金に換える方法と言えます。
有限責任中間法人移住・住みかえ支援機構(JTI)という政府肝いりの組織もできています。子供たちが独立すると老夫婦では持て余す大きさの家を持ち、引退後資産のほとんどが自宅で老後資金が余りにも乏しい・・・そんな方は、ここに相談してみたらいかがでしょうか。
2009年12月26日10:26 AM|
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「あと少しの命だったとしたら・・という見方をして、今を生きるならどうなりますか?」
という問いかけをして、文章を書いてみましたが、「遺書」のような感じになりました。
遺書というのは自分の気持ちを残った人に伝えるというものです。誰にどんなことを言いたいか(例えば、配偶者に対して、子供に対して)とか、お葬式をこのように行ってほしいとか、そのようなメッセージを伝えることです。
これと似て非なるものとして、「遺言書」(ゆいごん、または、いごん)があります。これは「気持ち」を直接的に伝えるのではなく、法律的に伝えるものです。すなわち、財産の相続について述べるものです。どの財産を誰に相続させるのか、とか、遺言の執行者を誰に指名するのかを法律的に有効な形で残します。遺言には3種類ありますが、一番確実なのは公正証書遺言(民法969)だと言われます。遺言の内容が法律的に不備があった場合に公証人が指摘してくれるからです。完璧なのは事前に口述する内容を税理士・弁護士にチェックしてもらって弁護士にも立ち会ってもらうことです。ただし、公証人への手数料、弁護士への報酬が必要になります。
このように書くと面倒くさそうに見えますが、そのコスト(手間・時間・お金)に見合うものがあります。それは残された遺族の争いが回避できるということです。
世の中でほとんどの相続は「争族」になってしまっていると言われています。ほとんどの相続はもめているのです。これは額の大小を問いません。家庭裁判所に持ち込まれる相続争いの半分が1000万円以下の財産だそうです。自分の死後、子供たちが争うのを見たいと思う人はいないでしょう。是非、遺言することを検討してほしいものです。
「遺言を書いてくれ」と言われると逆上するお年寄り・お金持ちがいらっしゃるかもしれませんが、それは「遺書」とごっちゃになっているのです。遺書というのは死に行く人が思いを書くこと、遺言書はあくまでも円滑な遺産分割協議のための法的行為であることをきちんと説明してください。
2009年12月18日10:31 AM|
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多くの日本人はリタイア時の最大資産は不動産である。金融資産がほとんどなく老後を迎えてしまう。老齢世帯の平均月額支出額は25万円。今後、老齢年金だけでは暮らしていけない人が増えていく。不動産を売却しての換金では老後生活資金への対応が苦しいことに日本人の多くは気づいていない。
HOME‘Sの調査によると日本人のマンション購入年齢は35歳。戸建は36歳。子供が生まれて(あるいは育ってきて)それまでの賃貸住居や社宅が手狭になった時というのが最も多いようだ。
より広いところに引っ越すと当然ながら家賃が大きく上昇する。それを何十年も支払うことを想像した時に心が挫ける。
「月に20万。20年で4800万円・・・うん? 家が買えるな・・」。
「家賃を支払い続けても自分のものにはならない。だから、同じ支払なら住宅ローンのほうが良い。」という考えで住宅展示場に行ってしまう。すると、夢をかきたてるモデルルーム、物腰が柔らかく温かい笑顔のセールスマンと人の心理を研究し尽くしたセールストーク、楽観的なローン返済シミュレーション表が待ち構えている。
住宅を購入して数年間、物件には色々な問題点が見つかってくる。想定以上の「痛勤ラッシュ」、校区の公立校の教育荒廃問題、自動車で外出したときの道路渋滞、建て付けの悪さ、隣人との問題など。しかし、せっかく頑張って買ったのだからと我慢し、少々の問題点は呑み込もうとする心理が強く作用する。
その後直面するのは教育費の負担である。2006年の国民生活金融公庫の「教育費負担の実態調査」を見ると、高校入学から大学卒業までの7年間にかかる費用は、子供一人あたり1044.6万円。2年違いの子供二人の場合、9年間で2100万円を負担することになる。住宅ローンを払っているのに、さらに平均月20万円の教育費負担がのしかかる。ほとんどのサラリーマンにとっては家を買う時点にこのことを想定していない。
子供のすねかじりから解放される頃には、老親の寝たきりとか認知症、特別介護老人ホームの負担が襲ってくる年齢になっている。リストラや独立の失敗などで、40代から50代に収入が乏しい人は非常に苦しい思いをすることになる。
賃貸住まいなら収入が減った際により狭く古くて安価な物件への住み替えが可能だが、持ち家居住者は不動産インフレがない限り高値売却できない。結果、ローン支払から逃れられなくなる。持ち家購入で失う最大のものは家計のリスク対応力なのだ。
日本は欧米先進国と比べると突出して自殺率が高い。WHOの統計によると日本は世界101国中リトアニアなどの政情不安国に次いで9位である。また、中高年の自殺率がこんなに高いのは例を見ない。その大きな原因は持ち家信仰にあるのではないか。
2009年12月10日10:17 AM|
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自宅を購入する場合に、
・家族の状況や外部環境の変化(転勤など)により、引越しせざるを得ない場合はどうするか
・不動産投資として、キャピタルゲイン(またはロス)や、賃貸の家賃はどの程度を見込むか
ということは最低限考えなければならないと思う。ファイナンシャルプランナー(FP)としてアドバイスしようとするが、ハウスメーカーのイメージ戦術にノックアウトされている人にとっては、そんなことを考える余裕がないことが多い。
かつては「住宅すごろく」などと3度くらいの住み替えが当たり前だったが、地価が一貫して上がる社会状況でない限り住宅すごろくは成立しない。
ところで、「帰属家賃」という言葉をご存知だろうか。GDP(国内総生産)を計算する場合に、賃貸住宅から持ち家に住み替えると家賃支払が減ることによって国民総支出が減ってしまう。そこで、帰属家賃という実際のお金の出入りがない支出および収入を計算する。
持ち家の人の収入に帰属家賃を加え、支出に帰属家賃を加える。自分がオーナーになって、自分から家賃を徴収するのである。住むために相場の家賃を払うことになる。
(この帰属家賃収入には所得税がかからない。GDPの10%超の収入が免税されていることの矛盾とし、税収を確保したい財務省、国税庁は帰属家賃に課税することを検討してきている。しかし、「持ち家保有者への制裁金」というメッセージとなりかねないので見送られている。)
「賃貸VS持ち家」を考える場合には、この「帰属家賃」の考え方を導入することが必要である。
すなわち、自宅を購入するとは、
「不動産投資と賃貸経営を同時に始める」
ということなのだ。
「金持ち父さん貧乏父さん」がベストセラーになって、ワンルームマンション投資やアパート投資を行う人が増えた。そんな人たちのことを「よくそんな大それたことができるなぁ」と斜めに見ている人も、実は同様の不動産投資を行っているのである。
サラリーマンの生涯年収は、2~3億円。所得税や社会保険で例えば2割控除されるとすれば、1.6~2.4億円の可処分所得。首都圏でまともな新築家屋、新築マンションなら4000万はする。ほとんどをローン支払とするなら総支払額は6000万円近くになる。生涯可処分所得の25~35%を1枚のコインにしてルーレットの「1点賭け」するという一世一代の大バクチなのだ。
帰属収入に所得税はかからないものの、賃貸だったら大家さんが負担してくれる固定資産税、修繕費、減価償却費を自ら負担しなければならない。日本の住居の平均耐用年数は35年。ローン支払が終了したら上物の居住価値は残っていても、資産としての評価価値はゼロで、地べた分のみが評価される。
2009年12月2日10:11 AM|
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サラリーマンの生涯所得は2億~3億と言われます。そのうちの2割が所得税、年金保険料。残りの8割が手取り。すなわち、1.6億~2.4億。
基本生活費を月額15万円として70年間で1.3億。住居費は賃貸でも持ち家でも約0.8億。教育費は、子供一人あたり1500万円。
子供二人の世帯だと、生活費、住居費、教育費の合計が2.4億となります。なんのことはない。これで生涯所得が全部吹っ飛んだ。
少子高齢化によって老齢年金の仕組みが事実上崩壊したという議論があります。老後の資金を制度に頼れず自分で準備しなければなりません。そのことのインパクトは非常に大きなものです。65才でリタイアしても、月25万円くらいの生活費を30年分用意すると言うことです。9000万円です。今後の年金制度があなたの世帯に9000万円支払ってくれると期待されますか?
このうち、3000万円は何とか老齢年金から支払われたとしても6000万不足します。
どうするのでしょうか?
実は日本人のほとんどがこの単純にして重大な事実に直面していません。平均寿命が長くなっている中での老齢年金制度のぐらつきは実は大変なことなのです。というのも、若いときには頑張りが効き、無一文になってもやり直すパワーも能力もありますが、リタイアした年代ではそうはいきません。
若い頃には、「ここ一週間1000円で暮らしたよ」なんて貧乏話が楽しく交わされます。でも、これは若い頃だから良いのであって、年を取ってからの貧乏は非常にこたえます。
「私は60歳までに1500万円貯めてください。」と言っております。
50歳で始めると、年額150万円。毎月12万円以上貯めなければなりません。50歳と言えば子供が高校大学で最もすねをかじられる年代、そして、老親が介護状態になったりしている年代です。そのときに月間12万円を貯めることは、それはそれはきついことでしょう。
40歳から始めると、年額75万円。毎月6万円。簡単ではないけど、不可能ではないペース。
じゃあ30歳だったら・・年額50万円。毎月4万円。まだ安月給かもしれないけれど、やりくりすれば可能ですよね。多少でも利回りがあれば60歳の時には1500万円を超えているかもしれない。
問題は、30歳の人が自分の老後を真剣に考えることができるかどうか、ということです。想像力を働かせてもらうしかありません。
私は、この単純にしてはなはだ不都合な真実を多くの人に知ってもらうことに情熱をかけています。この真実をしっかり受け止めるところからファイナンシャルプランニングが始まると言っても言い過ぎではありません。
2009年11月25日10:30 AM|
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