2009年10月

学校に行く目的(3)

これも私の体験ですが、私は認定ファイナンシャルプランナー(CFP)資格を持っています。しかし、CFP取得前からファイナンシャルプランナー(FP)としての仕事をやっています。資格取得のための勉強が役立ったことは否定しませんが、「私はFPである」と自己規定したことの方がより重要でした。ブラックジャックを思い出してください。専門技能であれば、公務員とか試験委員会が認定するしないは問題ではない世界があるのです。

日本FP協会は自民党代議士2名を抱きこみ、FP資格に国家のオーソライズ(権威づけ)が行われるように働きかけました。これは功を奏して、「ファイナンシャルプランニング技能士1級および2級」がスタート。金融庁では、各金融機関に与えている免許との整合化がうまくいかず、無理やりに「技能士」というカテゴリーを探し出してきたようです。技能士だから、労働省の管轄。すなわち、今なら舛添厚生労働大臣から認定証をもらうのです。これって私はなんか変な感じがする。

ちなみに日本FP協会は政治献金がばれてスキャンダルとなりました。協会理事が何人か辞任した。週刊誌にもおもしろおかしく書かれたことも。

日本FP協会はNPO法人ですが、自社ビルを建てるほど資本蓄積しています(!)。資格ビジネスを展開することがいかに儲かるか、ということを意味するので、多額を払ってFP資格を取得するよりもFP協会に資格ビジネスのやり方をベンチマークして自ら資格ビジネスを営んだ方ががっぽり儲かることでしょう。(主婦向けに「家庭料理初級・中級・上級」とか「アイロンがけ検定」とか、おじさん向けに「ビジネススーツ着こなし検定」や「ネクタイ結び検定」とか考えようかな。ギャ! 料理検定も家事検定も既に存在していました!)

ことほどさように、認定資格とは資格供与機関が儲けるために行っていると思ったほうがよいのでは。その仕事をやりたかったら認定資格を取る前にその仕事をやり始めましょう。その仕事をやりながら、必要があれば資格取得を検討してください。

その仕事を行う際に、資格をブランドとして活用する戦略なら、その資格が誰にどのように作用するのかを計ってから資格取得のための勉強を始めてほしい。私が名刺にCFPと印刷しても、「これは国際的に通用するFP資格で、ライフプランニング、金融商品運用設計、不動産運用設計、リスクと保険、タックスプランニング、相続事業承継の6分野の難しい試験に合格して得られたものです。」と解説しなければわかってもらえません。それはブランドとして価値が低いことを意味します。(ルイ=ヴィトンに解説は不要でしょ)

(しかし、タックスプランニングについてアドバイスすることは税理士法に触れ、相続のために遺言書を書いてあげると弁護士法に触れてしまう。ポートフォリオを提案すると、投資顧問業法上問題がある・・・。この国際資格って一体何なの!)

(「学校に行く目的(4)」に続く)

学校に行く目的(2)

学歴とはあいまいなものですが、限定的でより明確な
 3)資格を得る

という目的もあります。「誰かが」「所定の基準以上であると(qualify)」「認定した」もの。英語では qualification と言う。多くのビジネスはマーケットによって qualify されます。その「誰か」がどのように認定しようとマーケットが認めてくれなければ売上げは上がりません。

おそらく日本人は世界で一番資格好きな国民でしょう。その人を自分の基準で判断するよりも、「誰か」特に「お上」に判断を委ねようとする判断停止・思考停止のたまものです。アングロサクソンは資格よりも、「格付け」を好む。彼らが支配するグローバル金融の世界には格付け会社が重要な役割を果たす。サブプライムローン問題で格付け会社の限界が露呈しましたが、代替物もないので今後も格付けが重視されることでしょう。また、英国には多数の「ブックメーカー」がいて、大統領選の行方や中国五輪が開かれるかどうかなど何でも賭けの対象にします。日本人は思考停止ですが、英国人は思考ゲームを楽しむスタンス。お金を賭けると自然に真剣に考えることになります。

「資格」と言えばどれも同じように見えますが、そこには多様な種類があります。
 ・独占資格
 ・認定資格

医師免許とか弁護士資格は国家の認定する独占資格です。その資格を得て、その業務を行う場合は医師会や弁護士会の監督を受け、さらに国家監督官庁の監督も受ける。場合によっては国家が損害賠償請求も受ける場合がありますから、資格はかなり厳格に管理される。医療行為を行うためには医師にならなければならず、法律家になるためには司法試験に合格し、司法研修所を修了しなければなりません。ただ、医療現場や社会の現場には少数の医師や弁護士だけでは成り立たないので、その手前の資格として看護師、司法書士というような限定的な資格が設定されています。さらに、多少専門特化した歯科衛生士、臨床検査技師、放射線技師などや、弁理士、宅建士などの独占的な国家資格もあります。

業法に伴う資格があります。例えばガソリンスタンドには危険物取扱者(運輸省→国交省)が、薬局には薬剤師(厚生省→厚労省)、不動産屋さんには宅建士(国土省→国交省)が常駐しなければなりません。その商売をやるためにはその資格を取得することがどうしても必要なのです。

その仕事をやるために以上のような資格を取得することに何の文句もありません。

一方で「認定資格」というものがある。書道3級とかそろばん2級とかと同じ世界ですね。級とか段を持たずに書を書いてもかまわないし、そろばんをはじいても誰も文句を言いません。でも、履歴書に書道3段と書いたりするとちょっと尊重されます。「何かの世界を徹底的にやったことがある」と認めてもらえたり、「じゃあ、字がきれいなんだよね」と見なしてもらえたり。

(「学校に行く目的(3)」に続く)

学校に行く目的(1)

私はキャリアプランをじっくり作っていく講座を持っています。半年ごとに20名程度の受講生が参加し、10ヵ月後には大勢の人の前で自分の今後の生き方をプレゼンテーションして卒業です。会社の中ではなく、会社の外でそんなことを行う人は少ないと思います。とても意義あることと考えます。

この講座の途中で、学校に入学する受講生が時々登場します。学校といってもさまざまで、何かの技能を得るための学校や資格を取るための学校だったりします。「この講座に参加したもので、通うことにしました」と言う人も多い。そのくせ、その学校と講座実施日がバッティングしてサボり始めることもあって・・閉口することも。

学校に行く目的としては、まず、
 1)その内容を勉強する。

があります。勉強なんて自分ひとりでやれば良さそうなものですが、そう簡単ではないことが多い。学ぶ前には抽象的でとらえどころがないように思えるような科目、例えば語学、哲学、数学、理論科学、法律などを自学自習で会得するのは容易なことではありません。その世界特有の言語とか論理体系(これらをリテラシーと呼ぶ)のフレームを脳に新設する、それこそ「強いて勉める」ことをしなければならないのです。仕事を持った社会人が業務外で勉強する場合には、教室に拘束され、時間も拘束され、それ以外のことができないようにされなければやりとおせないことも多いことでしょう。

また、立場を同じくするクラスメートとの相互激励とか、孤独感をいやす安心感が勉強をやりとおすために役立つ。いつでも質問・疑問に対応してくれる先生の存在も重要で、松下村塾の吉田松陰や適塾の緒方洪庵のように人生の目標だったり、憧れだったり、その人に接するだけで素晴らしい価値をもたらしてくれます。もちろん、吉田松陰のように持ち味を発見してくれたり、人生の指針を示してくれたりする先生も。

ただ、ご存知のように、自分がそれを勉強する気がなければ時間空間的に拘束されようと素晴らしい先生がいようとダメですね。そんなモードになれば、類は友を呼び、さぼる仲間を(確実に)得てしまう。孤独感を癒やしてくれますが、相互激励の逆。学校に行くことが金と時間の無駄になってしまいます。

(「学校に行く目的(2)」に続く)

リスクマネジメントの原則

「危機管理」とは「リスクマネジメント」の訳語です。メディアが政府を批判する際に、「危機管理がなってない」と言います。何かが起きてしまってから批判するのは簡単なことで、非難を浴びている人に同情してしまうことが私には良くあります。

リスクは、既に見えているものと見えていないものがあります。例えば、私たちが自動車を運転する際に、
・ 歩行者をはねる可能性
・ 対向車とぶつかる可能性
・ 隣を走る車と接触する可能性
は、きっと見えているかと思います。

でも、
・ 踏んだアクセルが戻らなくなる可能性
・ 大型クレーンが倒れてくる可能性
・ 隣を走るダンプカーから積み荷が落ちてくる可能性
・ 隣を走るオートバイが目の前に転倒する可能性
などを意識しながら自動車に乗る人は少ないでしょう。

リスクマネジメントとは、

1) 起き得ることを可能な限り列挙
2) それらの発生確率を可能な限り推定
3) 発生した際の被害額を可能な限り推定
4) 発生しないようにするための対策を列挙
5) 列挙した対策へのコストを推定
6) 発生した後の対策を列挙
7) 列挙した対策へのコストを推定

を繰り返していくことです。

自動車に乗る場合のリスク(起こる可能性のある何か)については、1)のプロセスでは列挙が全く不足しています。もっともっとあります。是非、ご家庭の皆さん、職場の皆さんで話し合ってみていただきたいと思います。

1) から3)についてある程度作業したら、それを以下のチャートにプロットしていきます。

risk

① 発生確率は低いが、起きてしまうと損失が大きい
② 発生確率が高く、起きたときの損失が大きい
③ 発生確率が低く、起きたときの損失が小さい
④ 発生確率は高いが、起きたときの損失が小さい

という4つの部分に場合分けができます。
そりゃ確かに、厳密に発生確率や損失額を計算できれば良いのですが、起きてみなければわからないことも多いので、目分量で4つの部分に割り振ります。

例えば、家を持っている人にとって「地震」はどの部分になりますか?
一年間に家が地震で倒壊する確率は何パーセントもありません。発生確率は低い。ところが、倒壊してしまうと建て直さないといけないので、普通の個人にとっては損害推定額が大きくなります。ということは、①の部分にですね。

では、大型台風が通過中に川で泳ぐのはどうでしょうか? 泳ぎが達者な人でも一度水を飲み込んでしまうと溺れてしまいます。すなわち水難事故で死亡する確率は高い。死亡ということは損失(額?)は大きい。ということは②の部分でしょう。

飛んでいる鳥が糞を落としてお父さんの頭に当たる確率は低く、お父さんは頭を洗えばすみます。③の部分に当たります。

毎日炊事をしていて、鍋が噴きこぼれるということが良くあります。拭き取れば特に問題ありません。発生確率は高くても損失は小さいという④の部分に当たります。

このように区分けをした上で対処法を考えます。

①:自宅の地震倒壊については地震保険に加入したらどうでしょうか。
②:大型台風の時には泳ぐのをやめたらどうでしょうか。
③:飛んでいる鳥が糞を落とすことについては気にしなければ良いですね。
④:鍋が噴きこぼれることがないように煮炊きの際には気をつけたいですね。

という訳で、
① には「保険加入」
② は、「回避」
③ は、「受容」
④ は、「日々の作業」
というように対処します。

これは非常に基本的かつ重要な考え方です。何でもかんでも保険に入ろうとするのではなく、①のような「確率が低くて損害が大きい」と推定されるもの限定とするのです。

②のように確率が高いと保険料が非常に高くなってしまいますから、保険加入しない。できれば回避するのです。③の場合には保険に入ることもない。いつも空を見上げて歩く必要もない。日常作業そのものにも保険は入らないのです。

そのことに対して保険にはいるべきかどうかを悩むような時には、このように考え方で検討するのです。

損失額の大小は、「今の自分にとって受け容れられる程度(金額)」かどうかで判定します。

以上

夢をあきらめないで

私は実はフルート奏者になろうと中学生のときに志して音楽大学受験対策をしていました。何人もの先生にレッスンについたり、ピアノを習ったり、コーリューブンゲン、聴音(音を聴いて譜面に書く)、楽典などを勉強していました。東京芸大を卒業して、オーケストラのフルーティストになるのが夢でした。

でも、肝心のフルートがなかなか上手にならず、芸大のフルート科の定員が5名、受験者が80名という話を聞いて悩み狂いました。そして、高校3年の春に「夢をあきらめること」を決めました。

代わりに一流と言われる大学に入ったものの、それからの私は出口のない旅にさまようことになりました。フルートを棚上げして大学オーケストラ入団時にコントラバスに転向。強いて言えば公害問題に原体験があったので化学系に進んだのだけれど・・どれも「志望した」ものではなかったのです。

やっと何とかなったのは、夢現FP事務所を設立してから。「俺の人生これでいい!」って思えるようになったのです。それは37歳のこと。実に20年間はジャストミートの仕事をしていなかった。大学院に行っても、論文を書いても、就職して研究をやっても、ビジネスで海外出張するようになっても、何をやってもしっくりこない。不完全燃焼が続いていました。

40歳になり、夢をあきらめたが故に不完全燃焼の20年間を過ごしたことを思い知って愕然。夢をあきらめることは、とってもリスキーなことだったのです。フルーティストを目指して、うまく行かないでボロボロになることの方がむしろしっかりあきらめがついて新たな道を歩むことができたのかもしれない。ボロボロになることを避け、敵前逃亡しても「自分自身からの許可」がなかなか得られなかったのだから。

もう自分は人生をやり直すことはできない。でも、その20年の不完全燃焼期間も自分にとって必要な期間だと今は思えます。

そう思えるのは、夢をあきらめかけたある若きバリトン歌手に心の底から「やり切れ!」と言えたことだったかもしれません。彼は思い直して、大学院を修了し今はドイツに留学しています。そして、一昨年のクリスマスコンサートで競演させてもらえました。17歳の夢はあきらめたけど、音楽は捨てずに生きてきて、彼と競演できた幸せ。

是非、自分から逃げないでください。

逃げても逃げても、自分からの許可が得られません。きちんと夢を設定し、それに向かってベストを尽くし、きちんと落とし前をつけること。それは自分を大切にすることにつながるみたいです。

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