女性の生き方と核家族化
日本人の意識は、
江戸封建社会→尊皇攘夷→明治富国強兵→大正デモクラシー→昭和戦時体制→戦後GHQ体制→工業化と高度成長→
というように激変を続けてきた。
男性にとっては、武士の宮仕えが軍隊を経て公務員やサラリーマンに変わった程度の変化だったが、女性を巡る環境変化と意識変化はさらに大きかった。完全に「いえ」の中に押し込められて自由な生き方など望むべくもなく、しかも、家族のすべての仕事、すべての矛盾を背負わされていた。
そんな「旧時代の女の生き方」を洗脳する仕組みが「姑による嫁教育」だったのだが、戦後の平等思想を吹き込まれた女性が封建思想教育を受け入れるわけがない。
テレビの放映が始まってから「嫁姑ネタ」は連綿と続いている。対立が先鋭化すると別居するしか解決策はなくなる。このことも核家族化を不可逆にしていった。
介護保険制度(2000年)は老人問題の解決策という側面だけでなく、女性問題の解決策でもあった。「親を老人ホームに入れるとは何たる嫁だ!」という有言・無言の圧力を受けてきた女性を介護から解放するという意義だった。家父長制度はここに完全に終焉する。
昭和62年に男女雇用機会均等法が発効。それまで、「就職までの腰かけ」とか「行儀見習い」「お茶くみOL」といった位置づけだったが、同等の役割を負えるようになった。しかし、真の意味で女性が堂々とビジネスシーンで活躍できるキャリアプランが描けるようになったのは、外資系企業が多数進出するようになってから。21世紀を待つ必要があった。
女性が同等の役割を負うようになると、女性の能力は男に劣るどころか責任感をはじめあらゆる意味で優れていることがあきらかになる。きちんとした役割を与えられるほど責任が拡大し、簡単に退職できなくなった。結婚しても勤めを続けることが前提となり、「寿退職」も死語となりつつある。25歳を「クリスマスケーキ(25日には価値を失う)」と言うのが流行ったのは実は1990年のバブル景気の最中だった。バブル景気に浮かれているように見えた女性も頭の片隅に結婚の二文字があり、「今のうちに遊んでおこう」という意識もあった。
今や女性が結婚を選択しない時代。一生独身の生き方を自然に選択できる時代。核家族は個族化に向かっている。
しかし、その一方で「生む性」としての役割から完全に逃れることはできない。かつてお産は故郷の大家族に守られた形で行われていた。しかし、今は実家も核家族で大きな家ではない。かつては母親が一日中農作業していてもジジババが子守をしてくれたが、それが期待できないことも多い。孤立無援の中、専業主婦だった母親と同レベルの育児を行おうとして、育児ストレスに襲われている。